ズームイン 朝、ズームアウト 二本柳

この写真を友人から借りてからすでに半年が経った。ブログの更新も出来ずにいたし、モヤモヤして書けなかった。そう、この人は二本柳健。俺が20歳の時にイメージフォーラムで知り合った1つか2つ上の友人だ。いつかの朝にズームイン朝を見ていたら、川の映像ともに「行方不明・二本柳健」という文字が映って、福留さんの声「昨日に群馬県渋川市の利根川で〜」が聞こえた。母親に「あっ?マジかよ、何これ?」って言ったけな。

さてと思い出話し。横浜にまだ実家があってミナト産業という産業廃棄物処理業で働いていた頃に、なにか映像の勉強をしたくて授業料の格安だった映像研究所イメージフォーラムに通ってた。前年に「イメージフォーラム夏のビデオ講座」というものがあって中高の同級生を誘って参加した。ドヤ街の横浜の寿町にビデオを持って怒られながら撮影して、なにかしらの新聞の賞をもらったけな。授業は四谷三丁目の雑居ビルの5階の部屋で色々な実験映像を見る。これが当時の俺には全然わからなかった。8ミリフィルムでなにやら実験している映像達を。空き缶を蹴り続けたりして、???だった。全体的な印象も暗くて当時は退屈すぎた。そこで出会ったのが二本柳だ。いつも古着でパンタロンとか履いていてイカしてた。聞くと北海道から出てきて高円寺に住んでるという。他にFとKとも仲良くなり、授業なんかよりも飲んだり、クラブに行って遊んだりしてた。いつもドアも窓も開けっぱなしの二本柳の高円寺の部屋は商店街の真裏にある風呂なしの4畳半でそこらじゅうに一升瓶の男山が並んでいた。高円寺までよくバイクで行って泊まって飲みまくってたな。

「おはようズブロッカ!!」

起きた瞬間に飲ませるし、飲まされる。当時の遊びで、味なんかどうでもよかったどうせ吐くし。Kが恵比寿駅徒歩5分のボロマンションの2階にアトリエを借りていて、1階が空いたから皆んなで借りないかと言い出した。俺も東京から横浜に帰るのも面倒いし、その話に乗った。Kが最近知り合ったというカメラマン達とも一緒に借りることになった。うちらイメージフォーラム組は映像で、カメラマン達はスチールで何か一緒にやろうというコンセプトで部屋をシェアした。俺は米軍とデパートの廃棄物処理をしてたから、恵比寿の部屋にソファだ特大のブラウン管のテレビだと持ってきた。米軍からは洋ピンのエロ本を。二本柳は飲むと調子に乗って電車の中でションベンしちゃうタイプ。当時はニルヴァーナとかオルタナの音楽が全盛でグランジと呼ばれた汚いのがカッコイイみたいな時代。二本柳は風呂もないし坊主だしいつも同じ古着だし、どっからみてもそっちの兄ちゃんだった。ツルんで遊んで終電で帰れなくなってもまぁどうでもいいっしょみたいな。

そんなこんなで確か1995年の6月位の頃、俺は知らないがどこかの建設現場かで知り合ったちょいと癖があるっていう男と、新潟まで電車で行ってそこから船で北海道に帰省する(映像を撮る)途中に事件は起きたようだ。聞いた話しによると電車の中で酒盛りしてた2人が上越線から見える川に飛び込もうってノリになって、途中下車した。季節は梅雨の頃で川が増水してて、流れが速かったのか2人で飛び込んだはいいものの、二本柳はあっという間に流されて見えなくなった。ツレの男が周辺を探し回ったが見つからず、警察に連絡した。ズームイン朝の情報では捜索隊が50人くらいで1週間くらい探したが見つからず、とのこと。

もう周りは「ハッ?」って感じで、そう色々ともん着があったな〜。例の借りていた部屋を事務所にして名前をgo relax E moreに決めた頃だった。Kはやめるとか言い出すし。結局映像チームなんてなにも始まらず、俺は残ってフィルムも露出も何も分からずに写真の方を勉強し始めた。今思うと二本柳の代わりだ。「お前はどうすんの?」って聞かれて、「やる」って言ったのをなんとなく覚えてる。15年位いたgo relax E moreを去る時も「できることはやったぞ、二本柳」って気持ちは沸いていたかな(笑。でもそういう気概は持ってた。当時の二本柳の彼女(いつもは坊主で夜の飲み屋で働く時はヅラを被ってた美女)が流された川に行きたいと、しかもトラックの平ボディの荷台に、しかも寝袋に入って積み荷として連れてってくれって頼まれて夜中に都内から高速に乗っていった。当時は謎だったけど、いま思うと禊みたいな気持ちだったんだろうな。川に流された男を感じたいみたいな?朝がたに渋川市の聞いてた駅に着いたら、降りるとすぐ川なんだけど民家の庭を通らなければいけない。もうリビングから丸見えの感じ。ゴツゴツとしたデカイ石がある川べりに立ったときに、澄んだ川底をみたら二本柳のいつも吸っていたハイライトがあった。「あっ、マジなんだな。」ってその時に思った。あれからもう23年位経ったが、いまだに現れないな、ズームアウトのまんまか。どこかの駅前でヒデがウッドベースを弾いて、ヤジがドラムを叩いて、お前がトランペットを吹いて遊んだ時が懐かしい。「路上」の著者ジャック・ケルアックに憧れてな。結局お前がニール・キャサディだったんだな。あのトランペットは形見としてずっと持ってたけど、練習する時間もないし去年にKに渡したぞ。


1995


1995


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